深海の静寂を破る刃 —— 海底ケーブル切断装置と見えない戦争

通信が切断されて困る女性
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海底を這うように張り巡らされた通信ケーブルは、私たちの生活を静かに支えている。その存在を意識することは滅多にないが、現代社会における情報インフラの大動脈とも言える。この目に見えない網を脅かすものがあるとすれば、それは意図的な破壊行為にほかならない。

最近、中国・麗水大学の技術者グループが「海底ケーブル切断装置」の特許を出願したという報道が波紋を広げた。単なる技術的研究の一環なのか、それとも戦略的意図を持った開発なのか——その背景を読み解くことは、未来の安全保障を考える上で重要である。

静かなる通信網の要とそれを裂く魔の手

世界の通信インフラの大部分は、海底ケーブルによって支えられている。衛星通信の普及が進んでいるとはいえ、インターネットデータの99%は海底を通じて送られる。これらのケーブルは極めて堅牢に設計されているが、意図的な破壊に対しては脆弱な一面を持つ。

過去にも、台湾周辺やバルト海で海底ケーブルの損傷が相次ぎ、中国船の関与が疑われるケースが報告されてきた。海底ケーブルが切断されれば、瞬く間に通信障害が広がり、国の安全保障や経済活動に多大な影響を及ぼすことになる。

麗水大学が出願した特許は、2009年に中国国家海洋局が開発した「海洋曳航型切断装置」を基にしたものだという。その手法は、いかりのような装置を海底に沈め、ケーブルを引き裂くというものだった。

技術そのものは緊急時の対応を目的としているとの説明がなされているが、現実問題として、この技術が軍事的な用途に転用される可能性を否定することはできない。ペンシルベニア大学のベンジャミン・シュミット氏も「この特許出願は、中国が将来的に海底における軍事作戦を実行する可能性を示している」と警鐘を鳴らす。

見えない戦争の始まり

戦争といえば、従来は戦車や航空機、ミサイルといった可視的な武力行使が連想される。しかし、21世紀においては、情報インフラへの攻撃が最も強力な武器となる。海底ケーブルの破壊は、一国の経済・軍事システムに直接的な打撃を与え、混乱を生じさせることができる。

特に、日本の通信インフラはアジア太平洋地域において重要な役割を果たしている。台湾や韓国、米国との海底ケーブル網が寸断されれば、日本経済は深刻な影響を受ける。単なる通信障害ではなく、金融市場の混乱、物流システムの停滞、さらには軍事作戦の妨害にもつながる。

この問題に関して、日本政府は慎重な対応をしている。松原仁氏は「政府の知るところを明らかにされたい」と質問主意書を提出した。しかし、政府は「公開情報は承知しているが、それ以上の詳細については、事柄の性質上、お答えすることは差し控えたい」と明言を避けた。中国に一定の配慮を示した形となっている。

一方で、台湾では先月、海底ケーブルが損傷し、台湾海巡署は、中国人乗組員がいる貨物船による意図的な損傷の可能性を指摘している。これが偶然の事故か、あるいは情報戦の一環かは、未だに不明である。

ただ、中国による海底ケーブル切断には前例がある。

昨年、バルト海で海底ケーブル2本が中国船によって相次いで破断した。中国の貨物船「伊鵬3」はケーブルを意図的に切断した可能性があり、NATO軍が1週間以上にわたって同貨物船を包囲し、監視を行った事件である。

この事件によって海底ケーブルの切断が軍事作戦上、有効打であることが証明されたのかもしれない。

未来を守るために

技術の進歩は、善意にも悪意にも利用される。海底ケーブル切断装置が、災害時の迅速な修復のために用いられることを願うが、同時にその軍事的リスクを軽視することはできない。

政府は単に「注視していく」と言うだけではなく、実際の防衛策を講じるべきだ。海底ケーブルの防御技術の向上、監視システムの強化、そして国際的な情報共有の促進が急務である。

見えない深海で何が起こっているのか——その答えを追求しなければならない。

参考資料

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この記事を書いた人

ほのぼの過ごしてるフリーライター。物語エッセイ、小説、時事記事などを書いてます。元リスク学研究員であり、現在情報コンサルにてインターネット・危機管理部門を担当。古書ECのプロジェクトを推進中。たまに俳句。積書が多く、横溝正史・京極夏彦が大好物。

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